隠滅された真実?
古代史を追いかけてきて、1つだけ疑問が残る。伊勢神宮のことだ。
- なぜ、持統天皇の時まで、ほうっておいて、それまでの天皇は大神神社を参拝した?
- 明治天皇以前は持統天皇しか伊勢に幸行していないって???
- 逆に、なぜ持統天皇から遷宮が始まった?
- 日本書紀の失われた系図には何が載ってあった?
- アマテラスが皇祖なら、なぜ崇神天皇8年ごろに大和外へ持ち出した?パワーが強すぎたのか?
- アマテラスって、だぁれ?
- 男神説って、誰を指す???
↓↓
見つけた〜! が、日本国民としてなんだか悲しくなった。
http://www2t.biglobe.ne.jp/~cherimo/history/susano/massatsu.html
ここにもっとわかりやすく ありました↓
http://www1.kcn.ne.jp/~kikujo/6-2.html
http://www1.kcn.ne.jp/~kikujo/12.html
後世、与えられた謚(おくりな)は、正直に真実の意味を示しています。
・卑弥呼 撞賢木巌御魂天疎向津毘売尊(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめの
みこと)
・饒速日 天照国照彦天火明奇甕玉饒速日尊(あまてらすくにてらすひこあめのほあかりくし
みたまにぎはやひのみこと)
そもそもの始まりは、大神神社に初めて参拝したとき、すごく驚いたことだった。。
参拝の人の多さだ。場所と違和感があった。
山辺の道を歩いていて、狭井神社から急に人が増えた。もちろん、平安神宮や伊勢神宮の比ではない。
でも、何故この場所のこの神社に 遠方からでも こんなに沢山の方が参拝にこられているのか?
多くの人の信仰を集める主祭の大物主大神って、いったいどのような神様なんだろう?
私の出発点は、そこからだった。
本当のことは、わからない。
あくまで、皆 推理の上の話だ。
でも、それなら、なぜ、白河天皇が熱心に石上神宮を信仰したり、嵯峨天皇が津島神社に日本総社の号を奉られたり、一条天皇が津島神社に天王社の号を贈られたりするだろう?
祀られている方が,民の尊敬をあつめ、偉大であればあるほど、人から人へと言い伝えられた歴史的伝承は、すべて消し去ることは難しいだろう。
それにしても、多くのお家の神棚で主祭神として祀られるのが、一般的に天照皇大神であるのに、実家の神棚の主祭神に石上神宮を祀っていた祖母って一体??!!
謎が謎を呼ぶ。
それで、京都では 何処に須佐之男命が祀られてあるかを探すと・・・(^□^;!
なんと! 幼い頃から慣れ親しんだ祇園さんじゃないですか!
まるで、メーテルリンクの青い鳥。